グラナダ編(2)
世界遺産:アルハンブラフェネラリーフェ
2004年11月18日 アルハンブラ(現地では“アッランブラ”と発音する)

 朝9時ホテルから歩いてヌエバ広場へ。そこからアルハンブラバス31番に乗り、アルハンブラ入り口へ。
しかしチケット交換所が分からず、先にバスを降りた観光客の後を付いて行ったら、どうも違うようだ。
2度も入り口を間違えて、やっとのことで入ったが、それからまた間違えて、まず王宮へ行かねばならないのにフェネラリーフェ方面へ行ってしまった。王宮へ入る時間が10時〜10時30分の間に指定されているので、チョットあわてた。
 アルハンブラへの入場券は、日本でインターネットで予約購入した。こんな地球の裏側にまで、情報がうまく伝わっているのか?一抹の不安があったが、受付の可愛い金髪の姉ちゃんに“Masaru”と呼ばれたときはホッとした。

アルハンブラ全景
(夕方5時頃、向かい側 アルバイシンのサン・ニコラス教会広場から)



ヌエバ広場のゴメス坂入り口
右後ろの自動車が“アルハンブラバス”
この急坂をアルハンブラバスが上って行きます。入り口まで5分くらい


ヌエバ広場からアルハンブラへ登る入り口のゴメス坂にも小さなギター工房がいくつかありました。
(11月17日)


そのうちの一軒に冷やかしに入った。
店のオヤジがいくつかギターを取り出して「これは日本では3倍で売れている」などと言ってるようだ。目の前で自慢のフラメンコを演奏してくれた。
高校のギター部の親友がよく弾いていた「ブレリアス」を弾き始めた。さすがにうまいよ!
私の一番好きなフラメンコ曲「グラナディーナス」をリクエスト。これも素晴らしかった。

これは間違って通った城外の門。
このまま行けばアルバイシンのほうへ下ってしまう。

アルカサバからナスル朝宮殿
あの中がアラベスクの宮殿


アルカサバからサクロモンテの丘


これがアルハンブラ受付の姉ちゃん



アルカサバ城壁



アルカサバ城壁



アルカサバ・ベラの塔の鐘

アルカサバ見物を終えて、またビールで乾杯
これから王宮内へ


30年前に日本へフラメンコ舞踊団のギター奏者で行ったというおじいさんとしばし歓談。
日本各地や世界各地の写真を大事に持ていて見せてくれた。
もしかしたら偉大な演奏者??


ナスル朝 宮殿


ライオンの中庭
柱の林、そしてすべての柱・壁・床・天井には一面のモザイクが掘り込まれています。
壁のいたるところにアラビア文字で
“アラーは偉大なり”

ライオンの中庭の皇太子??


ライオンの中庭の椅子に座ってみる
実は私はこの椅子には格別の思い入れがあってギターに夢中になっていた高校生の頃、レコードのジャケットでギターの巨匠アンドレス・セゴビアがこの椅子に座っていた。
いつの日か自分もこの椅子に座ってみたいものだと思っていましたが、やっとそれが実現した訳です。


アルハンブラのシンボル
ライオンの噴水


すべての箇所にアラベスクのレリーフ


宮殿天井のモザイクと明り取りの小窓


宮殿の窓からグラナダ市街を望む




宮殿のアーチ窓からサクロモンテの丘
イチョウなどの紅葉が大変綺麗だった

パルタル庭園


パルタル庭園


幼稚園児の遠足



小春日和の陽光に光る
アルカサバ(城砦)


アルカサバから
アルバイシンとサクロモンテの丘方面


アルハンブラのアルカサバ(城砦)頂上からグラナダ市街
アルハンブラ夕景
向かいのサン・ニコラス教会広場より


アルハンブラ 夏の離宮フェネラリーフェ

フェネラリーフェ正面
 フランシスコ・タルレガのギターの名曲「アルハンブラの想い出」はフェネラリーフェのこの噴水の音の印象から作曲したのだろうと思う。
優しい絶え間ない噴水の音はまさに「トレモロ」・・・・
砂漠の民モーロ人の憧れである、豊かな水と豊かな緑がここにある。






1492年、イザベル女王はコロンブスを西回りインド航路探検に送り出しアメリカが発見された。その年にキリスト教軍がこの地を奪還し、モーロ人最後の砦だったアルハンブラが陥落し、モーロ人は滅びた。
しばし、歴史とギターの聖人タルレガに思いを寄せる。




次のページへ移動 ⇒ ここをクリック